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To: 橋本敬 From: 上田假奈代 Date: Tue, 29 Jan 2002 11:16 +0900 Subject: もうすぐ節分 |
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前略 街角の店先に 豆と赤鬼の面が並んでいます。 エディンバラでも冬の風物詩はあるのでしょうね。 雪だるまストリートとか 地域対抗雪合戦とか。 ツララ、毎朝すごいんでしょうね。 子供ころ、ツララをパキッと折って、アイスクリームのように舐めたりしたのに いまは、ツララなんて見たことない。 それにしてもツララという語感はおもしろい。 きゅんとして、太陽の光にきらり。 そうそう、インタビューだわ。 猛烈な印象があってね、もう7年くらい前のことだったかしら。 としをちゃんの研究 他者と主体の話をしてくれたでしょう。 「鼻くそは、自分なのか他者なのか。」 いまだにわたしはよくわからないわ。 学会で京都に来てたあなたと待ち合わせて 錦通りのイタメシ屋で、さっきまで鼻の穴にいた鼻くその話をしたのよね。 今でもね、鼻を噛んでも、ちらちらその鼻汁をみつめることがある。 耳をほじくれば、耳くそ、とか。 あなたからは 詩人であるわたしに、コトバのことを 記号論とからめて、いろいろと質問されたような気がする。 いまだに記号論はまともに勉強していないです。 空海の「声字実相義」に興味を持ったりとか、あいかわらず 気にはかけているのですが。 コトバに関しては、前よりいっそう確信犯にはなってるけどね。 さらに最近は「声」にも非常に関心があるの。 写真家・土門拳が 一、声 二、顔 三、姿 と言ったというのだから、写真に写すことのできない声が それほどに重要なのはどうしてなんだろう。 声が好きじゃない男との恋愛は長続きしない、のは、よくわかった。 コトバは言の端なんだって。 コトバが意味するところの限界の境界線までぎりぎりに息をつめていくと 意味しえないところをも表すのね。 そして、コトバを発声するというのは、その意味するところ意味しないところを 選択してる意識をくっきりさせるのね。からだをとおして。 これがいまのわたしの考えです。 あのとき、グラスの氷をカラカラさせながら、 あなたは、わたしに何を問いかけていたんだろう。 そして、いまは何を研究なさっているのかな。 鼻を噛んだあとにアクションするような変な癖をつけない研究であることを祈ってます。 それでは、風邪などひかないよう あたたかくおすごしくださいね。 かなよ
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