「言語の研究」についての概念的解説
To: 上田假奈代
From: 橋本敬
Date: Sun, 10 Feb 2002 16:43 +0900
Subject: ダイナミクスジュース
添付ファイル(スライドショー)
假奈代ちゃん

メールだと話すのに比べてどうも書き方が硬くなってしまうし、
質問に対して答えて、って感じじゃないので難しいんだけど、
こんな感じでどうでしょう。

エディンバラはお祭り好きの街です。夏のinternational festival
は有名なのですが、クリスマスや大晦日もお祭りをやってます。
冬のパレードをカメラに収めたものを送ります。

> 猛烈な印象があってね、もう7年くらい前のことだったかしら。
>
> としをちゃんの研究
> 他者と主体の話をしてくれたでしょう。
>
> 「鼻くそは、自分なのか他者なのか。」
>
> いまだにわたしはよくわからないわ。

あの時は京大であった研究会に参加した後で、
あんなわけわからんことを言ってたんだね。
今もあんまり変わらないけど。

> しばらくはね、鼻を噛んでも、ちらちらその鼻汁をみつめていたわ。
> 耳をほじくれば、耳くそ、とか。

ははは、そんなことしていたとは知らなかった。

どんな内容だったか、ってのは覚えてないんやけど、
多分あんまり今と変わってないだろうから、普通の記号論じゃだめだと
思うんだけど、コトバって、意味ってなんなんだろう、
ってことを言ってたんだろうね。

假奈代ちゃんの考え
> コトバは言の端なんだって。
> コトバが意味するところの限界の境界線までぎりぎりに息をつめていくと
> 意味しえないところをも表すのね。
>
> そして、コトバを発声するというのは、その意味するところ意味しないところを
> 選択してる意識をくっきりさせるのね。からだをとおして。

意味しえないところをも表す、っていうの、
コトバはなにかを表し、その表す内容が意味だと考えると
矛盾しているようにも思うんだけど、なんか深いですね。

普通の記号論、ソシュールからの流れだと、コトバを
「意味するもの」と「意味されるもの」との対で考える。
でも、假奈代ちゃんが今言っているようなことは、それじゃ
捉えられないよね。
コトバや意味ってもっとダイナミックなものだと思うのです。
「意味」という、なんか手に持って眺められるような対象化される
ようなものがあるんじゃなくって。多分「コトバ」自体もそう。

コトバを発することによって、「意味するところ意味しないところを
選択してる意識をくっきりさせる」というのは、普通の会話や
文を書くときは僕もそうかも。
でも、假奈代ちゃんの詩を自分で声を出して読んでいると、
意味するところと意味しないところの境があいまいというか、
わからなくなってくる。
声を出さずに読んでいると、そこで表されている字義的な意味について
考えながら読むんだけど、声を出すと響きの方を追うのかな?

> あのとき、グラスの氷をカラカラさせながら、
> あなたは、わたしに何を問いかけていたんだろう。
>
> そして、いまは何を研究なさっているのかな。
>
> 鼻を噛んだあとにアクションするような変な癖をつけない研究であることを祈ってま
> す。

今も上に書いたようなこと、考えてる、です。
コトバ、というか、言語について。

今はエディンバラという北の都に留学してるんだけど、ここに
言語の進化を研究しているグループがあるんです。
言語、コトバってのは、普段、僕達はあんまり意識せず当り前のものとして
使ってるけど、人間が猿から進化したってことを考えると、遠い遠い祖先は
コトバを持ってなかったはずなんだよね。
でも今はある。
それってどうやってできたの?、とか、初めは恐らくもっと簡単な言語だった
んだろうけど、どうやって今みたいに複雑になったんだろう、とか。
そういうことを考えるのが、言語の進化の研究なのです。
あ、「進化」ってのは、「良くなる」という意味合いはぜんぜんないので、
その点は注意を。

生物の進化の研究って化石がとっても重要で、化石が見つかることで、
昔はこんなんだったんだ、ってのがわかるんだけど、コトバの化石ってのはない。
進化のメカニズムの研究だと、今の生物の遺伝子をいじってみたり、
特殊な環境に置いてみたりっていう実験も大事なんだけど、
人間相手にそういうこともできない。
だから、コンピュータを使った研究って大事になってくる。
それも単になにかを計算するんじゃなくって、コンピュータの中に
世界を作るんですよ。言語が進化していく世界を。
人工生命っていう研究分野でよくそういう手法が使われるんだけど、
自分で世界を作るって面白いよ。

こういった人工生命の研究って工学系の人がやっている
ことが多いんだけど、エディンバラ大は言語学科の中に
そういうグループがある。それで興味があって来てみたんだ。

僕自身は進化そのものよりも、もっともっと短いスパンでの
言語のダイナミクスに興味があるんだ。
コトバを使うことによって、自分もそれを受け取る人も変化するよね。
例えば、ある詩に感動したりすると、世界が違って見えることもある。
それは、多分、本当に自分のこころか頭の中かにあるであろう、
世界の受け取り方が変わっていて、そういう言語を使うことによって
起きるダイナミクスってなんなんだろう、って。
そういった内部的な変化は、文法やら辞書に載っているものやらの
観察されるものとしての「言語」にも変化をもたらすはずで、
その積み重ねがあって、言語の進化がある。

そういったこころを変えてしまう作用は詩や文学のコトバだけじゃなくって、
あらゆるコトバの持っている力だし、
言語を変えてしまうのも詩人や芸術家の特権ではなく日常的に起きていること
だと思っているんだよ。程度の差はあるだろうけど。

そういった変化こそ意味なんじゃないかな。
だから、「意味するもの」と「意味されるもの」の対と簡単に言ってしまえる
ようなものじゃなくって、コトバを発するとき、発したとき、受け取ったときに、
自分自身が変化することによって、その場で、主体的な活動として
意味をつくり出している。
コトバには、その人が表そうとする世界をどう概念化してるか、向かい合って
いるかか、ということが表れるし、そのコトバを受け取って自分が世界に
どう向かい合うか、ということを変化させる。

詩人や作家はそれを意識的にやっているんじゃないかな。
どうなんでしょう?
と、やっぱりまた詩人のあなたに質問してしまいます。

エディンバラはいいところだよ。
3年ほど前に初めて来たとき、街を歩いているとどこからともなく
バグパイプの音色が聞こえて来る。
暗くて寒くて風が強くて、今は北陸に住んでてそれよりも北の寒いところに
なんて行きたくなかったんだけど、街自体をすごく気に入って、
それから、上に書いたグループの教授もとてもいい人で、
留学先をここに決めました。

エディンバラはスコットランドの中では南にあって、
こっから北の方に行ったハイランドというところが、
スコットランドの魅力。
でもまだ行ったこと無いんで、暖かくなったら廻ってみようと思ってる。


としを

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