詩人の不埒な反応ととりとめのない疑問符
To: 橋本敬
From: 上田假奈代
Date: Fri, 15 Feb 2002 22:15 +0900
Subject: 車窓と風
お返事ありがとうございます。
あら。今度はわたしが質問されているね。

> コトバには、その人が表そうとする世界をどう概念化してるか、向かい合って
> いるかか、ということが表れるし、そのコトバを受け取って自分が世界に
> どう向かい合うか、ということを変化させる。

このことを、わたしは強く思っています。

変化させる、という目的意識は、ほぼないんだけれど。
せめて、そのことに気づいてほしいなあ、と思って朗読しているよ。

ことばを発するとき、特に、ことばの声に、その人の人生の担い方があらわれると思っているの。

ことばを発するときに、意識をきちんと傾けて
人生の光になるといいな、って思っています。

たとえば、わたし自身もかれこれ10年ほど朗読しているけれど
この意識をもってからというもの、ものすごく出演依頼がふえたのね。

詩のテキストは昔のものであっても朗読すると、やはり以前の感じとは違うの。
これは場数なのか、学習なのか、意識なのか、それらすべての合致なのかもしれないけれど。
いつのまにやら、わたしの姿勢は「人生の光となることばと声を伝える」ことです。

強く意識しているのは、上記のようなことです。

ところで
エディンバラでは、どういった方とグループを組んで、研究なさっているの?

そして、研究ではコンピュータを使って、
言語が育つっていうのは?芽が新芽をだして枝葉をのばしていくように?

それは喋ったりするの?

感情が先に立つものなの?

そもそもコンピュータには、この複雑な感情というものはあるの?

網膜の不思議
耳の不思議
触覚の不思議
記憶の不思議
いろんな不思議が集まって
わたしたちは感情をとらえ、変化させ、ことばを選んでいたりするわけよね。

コンピュータもそういう不思議の機能をもっているの?

工学系のひとは、またちがうアプローチでそれを探っているの?

京阪電車の車窓から見える木々の枝は
赤く色づいてエネルギーをぎゅっとためていました。

わたしは、しばらく京都缶詰め。
第2弾の朗読CDの録音にかかりきりです。
録音が終わるまでオオサカに戻りません。
もうすぐ、春です。

ところで、突然の帰国なのですね。
寒い国からだと日本はまだ暖かいのかなあ。
とはいえ、どうぞあたたかくして。

うまくご都合があえば、おめにかかりたく存じます。
またご連絡くださいね。

かなよ

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