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To: 橋本敬 From: 上田假奈代 Date: wed 13 Mar 2002 15:20 +0900 Subject: 鯉のぼりの唄 |
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前略 今日は、女友達の「いいお天気だよ、かなよちゃん!」の電話で起こされ ほんとに、空が青いので、うれしくなりました。 自転車で、駅まで向かう途中、露店商のトラックから、大音量の「鯉のぼり」の唄が 流れていて、雲ひとつない空に、泳いでいるようでした。 こないだからのメールをよみかえしていて、 としをちゃんの文面に、そうそう、と共感したところがあってね、それは、 > 僕は、言葉の受け取り方に人生が表れると思ってるかな。 > 同じ言葉を受け取っても、それにどう意味をつけるかってのは > 経験によって異なって来る、というのが僕のコンピュータシミュレーション > でも出て来た結果。ま、そんなことシミュレーションしなくても > 当り前なんだけどね。 のところ。 えっと。聞く、というコトバの意味の受け取り方、それには、ほんと人生があらわれるよね。聞いてるだけだから、外には見えないんだけれど、会話をしていて、すーすー気持ちが伝わっているときって、聞く方がその意味合いをとても汲みとってくれてるときだよね。 昨年のいつ頃かな、思ったのよ。 「読む(朗読する)」という行為には、「聞く」という行為が前提にあるんじゃないかって。 たとえば、わたしは朗読をするときに、お客さんを聞いている。 へんな日本語なんだけど、ね。 観客の耳を澄ましている感覚を、わたしはとらえようとするわ。 それから、自分の発声している声も聞こうとしている。 (それは技術的なことかもしれないけど) もちろん、観客を聞く前に、わたしはこんな者です、という提示をしなくちゃ、と思うよ。 それが礼儀かな。 聞きたがるのであれば、聞かせてもらえる自分でなくちゃね。 あ、ちょっと自分よりに持っていきすぎだね。 ほんとにね、耳を澄ませて聞く っていうのは大切なことだと思うな。 たしかに、シュミレーションしなくても、わかることだけれど、 ほんとにシュミレーションして、そんな結果がでる、っていうのはすごいことだね。 それから、この質問に、こたえてなかったね。ごめんね。 わたしばっかり、質問してて。 > ふーん、やっぱり「伝えよう」という気持ちが大切なんですね。 > 伝わった、という感覚ってある? > あるいは、伝わってない、違って伝わったかな、という感じとか。 > 伝わったと思ったけど、実は伝わってなかった、という経験とか > あったら、そんな場面でどんな感じなのか、教えて欲しい。 朗読しているときね、集中力、ならば、感じるよ。 聞いてくれているな、っていう。 意識が、ばーーーーって、こっちに集まってくるよ。 照明の加減で、客席が暗くて見えないこともあるのね、 それでもなんとなくね、感じるよ。 エッチな詩を朗読した時はね、うわ、体温あがってるよーって、急にその場の温度が上昇していたりとか。 そうそう、こないだ、京都でワークショップをしたのね。 わたしが考えた内容は、折り畳んだティッシュの薔薇(入学式とかにつける薔薇ね)をひとりにひとつづつ渡して、花びらを開いてもらうところからはじまるの。 その時点で、薔薇を開かせられない人が続出。 できる人ができない人を助けてあげたりしながら、コミュニケーションが生まれたみたい。 わたしはの狙いは、今からはじまるという儀式みたいなもんだと思ってたんだけど、 それ以上の効果があったようです。 そして、それを胸のまん中につけてもらって、ふたりペアになってもらい、 ことばを声を薔薇をめがけて、発してみましょう、 うけとるほうも、この薔薇のところを意識して開くように声をうけとめてみましょう、っていうのをしたの。 でね、そのあとは、別のプログラムで音楽のライブがあったのだけれど、 会場整理の関係で、その薔薇はつけたままにしておいてくださいって頼んであったのね。 そしたら、お客さんだった人が「ライブのときに、唄と音楽がこの薔薇のところに届いてきたの」ってお話してくれてね。 とてもうれしかったの。 意識すれば、声の軌跡は見ることができるよ。 こころから声を届けようとしているとき、人はその声を確実に届けるために それはそれはすっごいエネルギーをこめているから。 もちろん、おざなりな届け方も見えちゃう。 拡散してる、とか、失速してるとか。 もちろん効果的な届け方のコツもあるよ。 意識と訓練で、そういったことは学べるよ。 そして、わたしは、その学びの最中におります。 ところで、いま、京都の芸術センターでおもしろい展覧会がはじまっていてね、 「プログラム・シード-〈かたち〉の生まれる時」 フライヤーを読んでみると、 造形の有様自体が根底的に変容しているいま、アートのみならず、バイオテクノロジー、人工生命、自然の鉱物、仮想する数理的なかたちなどの、さまざまなかたちの生成自体をひとつのシステムととらえ、そのなかの様式として固まる以前の因子が起動し、〈かたち〉が発生していく初源的な有り様をみつめていく。と、いうようなことが書かれています。 これは、としをちゃんの言語の進化を研究しているのに、近いような気がして 紹介してみました。 ぜひ、この展覧会に足を運びたいなと思っています。 この目でみてきたら、ぜひ、報告させてくださいね。 ながいメールで失礼しました。 またまたね。 どうぞ元気に冬をのりきってくださいね。 かなよ | |