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上田假奈代 / Profile AB型 URL:www.kanayo-net.com
1969年12月1日奈良県吉野生まれ。闘う天才料理詩人・救わない巫女。ドコモ関西メールマガジン「Wow DoCoMo Now!」も執筆中!
詩作歴は3歳。・知る人が知る上田假奈代が語りかけるモノクロームコラム

    編 集:池田 剛
    文 章:上田假奈代
    写 真:上田假奈代、三木真由美
    演 出:ビット田村
    ジャバ:ドクター丸尾

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モノクローム・オキナワ(2)
上田假奈代



●読谷(よみたん)の土は燃えるように赤い。やちむんの里からチビチリ窟へ。

木下さん宅はわたしが訪ねてから、3度の引越しをされている。この旅でお邪魔していたのは、琉球造り風の木造の借家で、風情のあるお家だった。 お風呂は別棟で、木造の車庫のようなところにコンクリートの浴槽。庭はジャングル。御夫婦で「やちむん」(やきもの)を集めるのが好きで、庭や縁側に壷や皿がごろごろしている。

そこで、読谷村(よみたんそん)のやちむんの里に、連れていってもらう。 読谷は紅芋の産地としても知られるが、オキナワ戦で米軍上陸の最初の地点であり、戦火のおびただしいところだった。今でも、米軍の土地が多く、村長さんはその土地を伝統産業の工房や図書館などを建てるから返してくれと、果敢に交渉し、それを実行した。戦争で失われたものを取り戻すのは文化だという信念が、実を結んだ。そして山ひとつが、やちむんの里と名づけられ、作家たちが暮らしながら作品を作っている。はじめて訪れた頃にくらべると、今では工房がずいぶん増えている。

立派な鬚をたくわえ、人なつこい笑顔の大嶺先生の工房をたずねた。オキナワの土ものはどっしりしているのだけれど、彼の作風はポップ。使いやすく、どこかユーモラス。ひとめで惚れてしまう。高校生のわたしは眺めるだけしかできないのだけど、懇意な木下さんが連れてきた本土の娘に、先生は大マケで、いくつかの品をわたしの腕にもたせてくれた。

車は、サトウキビ畑のなかに突っ込んでいく。どこへ?「足下気をつけて」。洞窟のなかへ入っていく。ここは、チビチリ窟。沖縄戦の悲劇の洞窟。割れた眼鏡など人々の暮らしの品が30年を経っても残されている。10年程は骨さえも残っていたという。沖縄戦の惨劇は、暮らす人を巻き込んだことだ。捕虜になるくらいならと、チビチリ窟に逃げ込んだ娘や子供たちは親に殺され、親たちは自決した。金城実氏は、この場所にオキナワの人たちといっしょに、祈りの大きな彫刻を作るという。語ることさえできなかった悲しみを抱いて、人々はここで土をこねた。巨大なモニュメントは、チビチリ窟で亡くなった人を刻んでいる。完成した数年後に訪れ、静かな窟の前で、再び目を閉じる。



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