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![]() | 上田假奈代 / Profile AB型 URL:www.kanayo-net.com 1969年12月1日奈良県吉野生まれ。闘う天才料理詩人・救わない巫女。ドコモ関西メールマガジン「Wow DoCoMo Now!」も執筆中! 詩作歴は3歳。・知る人が知る上田假奈代が語りかけるモノクロームコラム |
![]() マグカップパズルで遊ぶ。 編集:池田 剛 文章:上田假奈代 写真:上田假奈代、アルベルト福原 挿絵:ビット田村 ![]() Copyright© 2001 event-eye.com. All Rights Reserved. |
●note.2 珈琲天国 ふたりが出会ったのが、96年。その数字が鈍い音をたててよぎったが、無視する。 当時まだ関西にスタバはなく、もっぱら小さな喫茶店か、イノダコーヒーや築地、ソワレでコーヒーを飲んだ。夜遅くなると、木屋町のクンパルシータに座った。 ![]() 98年に梅田 HEP FIVE店ができたニュースは、コーヒー好きの伊藤が教えてくれた。 そして、あまり京都から出たがらない千香子を誘ったのだった。 禁煙の店に何を好き好んでコーヒーをわざわざ飲みにいくのかと、ロフトの地下で映画を見た帰りならいいと勿体をつけて承諾し、赤い観覧車にも乗ろうと声を大きくするので、まるで恋人みたいね、と斜めに答えたことを思い出す。そして、それはいまだに果たされていない。
実家暮らしの千香子にとって、ちょうどおもしろくなりはじめた仕事と、習い事と時々でかける旅行があれば、とくに恋人はいらなかった。両親は仕事に精をだす娘に何も言わず、暗黙のルールを守れば快適な生活だった。
むしろ、恋人ができることで、自分の時間を減らしたり、話題の重点が恋愛話にかわる女友達をどこかでつまらないと思っていた。そのなかで、伊藤の距離のとりかたは好ましかったが、とくに発展もなかった。 月に1度か、多ければ3度ほど会い、映画を見たり、食事をし、コーヒーを飲んだ。 その回数が多いのか少ないのか、わからなかったが、何年も続いていることは確かだ。 待ち合わせは、喫茶店、丸善や進々堂の本屋が多かった。 99年に、スタバが四条通りにオープンしてからは、スタバが「いつもの場所」になった。 半年後に三条大橋店ができて「いつもの」に、「三条」か「四条」がついた。 たいてい、千香子が先に着いた。 雑誌や本を読みながら、道行く人をぼんやり眺め、気まぐれに頼むラテやカプチーノを前に、煙草を2本吸い終わる頃、伊藤はラテを片手にやって来る。 ![]() 三条店では、お持ち帰りの暖かいカップを持って、鴨川を歩いた。 それが、伊藤の大阪への転勤でほんのすこし事情が変わった。 | ||||||
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